1995年に読んだ本
- 「天人五衰」 (三島 由紀夫, 新潮文庫)
輪廻転生を主題とした「豊饒の海」シリーズの最終巻(第四部)。
著者の割腹自殺の直前に書かれており、その時期の彼の考えが反映されていると思われ、興味深い。
- 「タウンゼント・ハリス」 (中西 道子, 有隣新書)
アメリカ合衆国の初代日本総領事で1856(安政3)年に部下のヒュースケンを伴って下田に赴任したハリスは、日本では様々な困難の末に幕府との間に日米修好通商条約などを締結した有能な外交官として知られているが、本書では総領事時代以前の教育家としてのハリスについても取り上げている。ハリスは現在も残る ニューヨーク市立大学を創立し、当時とあっては珍しい低所得者層の子弟の高等教育に制度的にも経済的にも門戸を開いたことで知られている。
- 「白い航跡」(吉村 昭, 講談社文庫)
明治新政府の海軍軍医として登用された医師高木兼寛による脚気病の原因究明にかける情熱を記している。彼の執念の凄さは敬服に値する。兼寛は後に東京慈恵会医院(現在の東京慈恵会医科大学附属病院)を設立する。(続く)
- 「彗星物語」(宮本 輝, 文春文庫)
決して裕福ではない家庭に引き取られることになったハンガリーからの留学生と一家の二年間を描く。(続く)
- 「漂流」(吉村 昭, 新潮文庫)
江戸時代、鎖国制度の維持のために、外洋航海に耐え得る船舶の建造は禁じられ、ゆえに多くの漁船・輸送船が黒潮に流され遠くはアリューシャン列島や北米大陸に至った。
本書の主人公らは、幸いにも鳥島に漂着し、アホウドリの肉・卵を喰って生き延び、遅れて漂着した他の船の者と力を合わせ、漂着する木片や僅かな金属から作り出した釘を用いて、実に三十年あまりの歳月をかけて伊豆に帰還するのである。
小説の形態をとってはいるが、事件そのものは事実に則しており、彼ら-人間-の生への執着には驚くべきものがある。
小笠原への航海中に読んでいたので、真に迫るものがあった。
- 「少女たちの魔女狩り」 (マリオン・L・スターキー, )
中世ヨーロッパでペストとともに荒れ狂った社会現象「魔女狩り」について御存知の方も多いと思うが、近世初期のアメリカ東海岸(ニュー・イングランド地方)、特にボストン郊外のセイラム一帯で発生した魔女狩りについて御存知だろうか。
本書はこのいわゆる「セイラムの魔女狩り」を扱った書である。
「セイラム」がヨーロッパと異なったのは、ニュー・イングランドは清教徒(ピューリタン)の社会であったことで、過剰なまでに抑圧された思春期の少女達による告げ口合戦の様相を呈したことである。
また、中世の魔女狩りと大きく異なるのは、魔女であることを自白すれば許されたということである。
つまり、自分が魔女でないと確信していて嘘の自白をしなかった者が処刑されたのである。
このような状況下で起きた狂気の嵐の顛末を簡潔にまとめた書としては良著ではあるが、惜しむべくは翻訳があまりに拙く、部分的に日本語が理解不能な箇所があることである(それでも訳者はうまく訳せたと「秘かに自負している」と末尾に記しているのだが…)。
- 「メインテーマ」 (宮本 輝, 文春文庫)
著者と様々な分野の人の対談集。
- 「小笠原島ゆかりの人々」 (田畑 道夫, 文献出版)
先日小笠原へ行って以来、以前にも増して小笠原の歴史の特異さに興味を惹かれて読んだ本だが、小笠原に関する歴史・文物・人々に関する相当量の資料をまとめてあって非常に興味深かった。
- 「日本医家伝」 (吉村 昭, 講談社文庫)
幕末〜明治期の医師十数人を取り上げた短篇集。著者の後の数々の長編の元になっている書といえるだろう。
- 「魔女の鉄鎚」 (ジェーン・S・ヒッチコック, 角川書店)
中世に著された"Malleus Maleficarum"なる本をご存知だろうか?
ラテン語で「魔女(へ)の鉄鎚」を意味する書物で1497年に発行された魔女狩りのマニュアルのような書物である。
以降数百年に渡って、西洋においては宗教裁判所の法律書と言ってもよいくらいの権威のある書物だったが、その内実は現代の我々から見れば荒唐無稽な内容である。
しかし、現在でもそれを信奉する人々がいる、という仮定のもとに進められるスリラー小説である。稀覯本を蒐集する主人公の父は、謎の魔術書を手に入れ、それゆえに何者かに殺された。
娘は犯人を追うが、次第に過去の遺物と思われていた"Malleus Maleficarum"を聖書とあがめ、魔術書に秘められた秘密を追い求める、女性(=魔女)に対する病的な偏見・嫌悪を抱く狂心的集団の存在を明らかにしていく。
何よりも恐ろしいことは、第二次世界大戦後に復刻された本物の"Malleus Maleficarum"の序文には同書を賛美する文句が溢れているという事実だろう。
また、後半の私設宗教裁判所による採決・処刑の場面などは狂心的な某教団と重なるものがある。
- 「夏子の酒(1〜12)」(尾瀬あきら)
テレビドラマにもなったこの作品を遅ればせながら読んだが、あまりに感動的だったために全巻読み終わるまで不覚にも何度も泣いてしまった。
酒蔵の娘夏子は、亡兄の遺志を継いで、杜氏らとともに幻の酒米「龍錦」による酒造りに挑戦する。
様々な困難を乗り越えて理想の酒を作り上げるまでの2年間を、現代の農村の問題点や北陸の旧家の美しい情景を織り混ぜながら描く。
久しぶりに面白い漫画を読んだ。
酒が好きな人も嫌いな人も楽しめるだろう。
モデルとなった新潟の蔵元(清泉酒造)が幻の米と言われた「亀の翁」で醸した「純米大吟醸 亀の翁」を飲む機会があったが、濃厚な味であるにもかかわらず後味がすっきりとしていて、とても美味しいお酒だった。
- 「ふぉん・しいほるとの娘」(吉村昭, 新潮文庫)
長崎オランダ商館付き医官として幕末の日本に派遣された医師シーボルトはスパイ活動が露見し、国外永久追放となった。
しかし、彼は「オランダ行き」遊女の其扇との間に一女を設けていた。
本書はその娘イネ=後の楠本イネ(尹篤)の生涯を、父母・娘や彼らに関わった幕末の蘭学者らとともに描いたものである。
イネは混血児の宿命として、一生自分の力で行きていかなければならないことを悟り、父の弟子であった、蘭方医の二宮敬作に師事し医学の基礎を学び、後に敬作の勧めにより岡山の石井宗謙に師事して産科学を学ぶ。
不幸にも師の宗謙の子を孕まされたイネは一度は医師の道を投げ出すかにみえるが、再び産科医を目指すようになり、日本初の女医となる。
その後も彼女は波乱に富んだ人生を送るが、維新後の明治時代になって医師国家試験による初の女医の登場とともに自分の時代が終わったことを悟り、やがて死を迎える。
このような彼女自身の人生も興味深いが、他に登場し、かつほとんどが志半ばに死んでいった幕末の数多の蘭学者の人生も非常に生き生きと描かれていて感動的である。
ことに、イネの師である二宮敬作の生き方は尊敬に値する。
- 「二つの祖国」(山崎豊子, 新潮文庫)
以前NHKの大河ドラマ「遥かなる山河」(だったかな?)で放映されたものの原作。(続く)
- 「パラサイト・イブ」(瀬名秀明, 角川書店)
昨今話題になった作品である。
筆者が現役の大学院生であることから、大学の研究室の雰囲気などが良く描かれていて、世間の人々に良い意味でも悪い意味でも大学という特殊な環境を体感してもらうことができるだろう。
しかし、前半の話の展開は良いとしても、後半の展開や結末などはホラー小説としては少々物足りず、評判ほどのこともないと思った。
- 「親指Pの修行時代」(松浦理英子, 河出書房)
「くどい」の一言。
物語展開にしても冗長である。
- 「図書館のある暮らし」(竹内紀吉, 未来社)
現在、浦安市立図書館館長などを勤める著者が日常感じていること、これまでの図書館人としての経験をまとめた短篇集である。
余談だが、私は昔から本そのものとともに、図書館という場所が大好きで、今まで通った学校の図書室の司書の方とは大抵親しくなったものである。
そうしているうちに図書館のあるべき姿などに関して、素人ながら色々と考えてきた。
そういった視点から読んでみると、筆者が勤めた図書館を利用することができた人々ははつくづく幸せだと思う。
大学図書館と自治体の図書館とでは基本的に運営方針などが異なるのだろうが、本学附属図書館のシステムや一部の職員の方々の権威的で不親切な態度にはかねてから不快な思いをしてきたので(無論、大方の職員の方々は親切でよいのだが)、そのような方々にはぜひ一読していただきたい書である。
- 「青べか物語」(山本周五郎, 新潮文庫)
明治・大正期に、作者が23歳〜26歳の間住んでいた現在の千葉県浦安市をモデルとした浦安ならぬ浦粕を舞台にした物語である。
各章は直接の関連はないのだが、場所や人物などの背景設定は共通なので、一連の物語として読める。
内容は、あくまでも部外者としての作者の目を通して、日常生活上の出来事や作者が遭遇する人々との会話などからなる。
なかには、本当にそのような事実があったのか疑わしい内容もあるが、作者は事実を記すのが目的ではなく、あくまでもここに用意した舞台設定上で何かを描きたかったのだろう。
まだ未熟な私には本当に何を描きたかったのかははっきりとは分からないのだが、将来読み返してみたいと思っている。
- 「新ドイツワイン」(伊藤 眞人, 柴田書店)
フランスワインと比較すると、生産量はかなり少ないドイツワインだが、白ワインの方が好きなので、(無論フランスの白ワインもいいのだが)飲む機会が私は多い。
ワイン関連の書籍を見ても、フランスワインに関するページが大半を占め、ドイツワインに関しては若干のページで終ってしまうことが多く、今まで不満に思っていたが、この本は丸々一冊ドイツワインの本なので、色々なことを知ることができた。
内容としては、資料的なページも多いのだが、前半では葡萄の育て方、ワインの製法などを取り上げ、各地域毎の解説にも名称の所以などが書かれているので、読み物としても面白い。
- 「ブッデンブローク家の人びと」(トーマス・マン, 岩波文庫)
北杜夫著「楡家のひとびと」が好きだが、そのモデルとなった小説であり、19世紀ドイツの商家の繁栄と衰退を描く。
主人公トーニことアントーニエはヨハン・ブッデンブローク商会の娘として生まれた。
彼女の幼少期に商会は発展し、祖父は町の名士であり、一家は華やかな生活を送っていた。
しかし、祖父につぐ父の死、そして二度にわたる自身の不幸な結婚というように、次第に一家には影が射してくる。
そのような中でも兄は長男として懸命に一家の名声を保つべく、商会の経営に腕を振るい、それなりに成功するが、一度動きだした運命の流れに逆らうことはかなわず、ついには後継者たるべき息子の死により一家は断絶する。
後に読むことになる「蔵」にも描かれているが、一家の運命というものには逆らいがたい流れがあるようだ。
この場合は、市民運動が盛んになりつつあるというような時代背景もあるが、一人一人の運命の集合により形成される家族の運命、また逆に家族の運命により方向付けられる一人一人の運命を考えると不思議な気がしてくる。
また、花屋の娘に恋するが、長男としての分別から家のための相手を選ぶ兄のトーマスと心身症を抱え込みながら一生を終えていく弟のクリスチアン、そして度重なる不幸な結婚に自らの誇りを傷つけられ家の誇りを支えに生きていくトーニという対照的な兄弟像も興味深い(個人的には同じ長男としてのトーマスに同情した)。
- 「硫黄島いまだ玉砕せず」(上坂冬子, 文春文庫)
小笠原諸島よりもさらに南に数百km離れた硫黄島で敗戦近い昭和20年2月に沖縄戦に先駆けて激戦が繰り広げられた。
その島で激戦が繰り広げられる直前まで赴任していた和智恒蔵海軍大佐の遺骨収拾および慰霊にかけた生涯を描く。
彼の執念とまでいえるほどの情熱には感服するが、いささか度を越しすぎている感がなくもない。
何が彼をこれほどまで駆り立てたのか知る由もないが、生き残った彼も、戦争により一度死に、その後の自分の人生を取り戻せなかった人の一人のような気がしてならない。
- 「黒船」(吉村昭, 中公文庫)
Books I read in 1995 (in Japanese)